香港、食、旅、仕事と時々日本

ごくごく普通の香港の生活。食、旅、仕事、語学と日本、時には経済的自由を考える。他人に厳しく自分に甘くが基本姿勢の毒舌日記、乱暴な言葉もでてきますゆえ自己判断にてご覧くださいませ。

雨傘革命:香港と中国本土の教育相違点という動画を見て思うこと。

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デモ39日目。


昨日も表立った大きな動きはあまりないかな。

香港理工大学が2日間行った電話での世論調査結果。

有線電視: 民調指逾七成受訪市民同意退場

70%以上がデモ中止を希望。

英国統治時代の最後の香港総督パッテン氏のコメントをニュースでやってたけど

動画どこだろ?有線電視: 彭定康稱特首應可停止佔領運動

無線電視で動画があったので追記。

彭定康呼籲港府向佔領示威者讓步




(注意事項: この先、不謹慎な表現が沢山出てきます。自己判断でおすすみ下さい。

こちらは政治、経済、思想などの専門知識を持ち合わせない香港在住女の

偏見に満ちた毒舌日記となっております。ご了承下さい。)



中国関連のニュースって、あれよね、

私たちの思考の斜め上を行くことが多いから

真剣なニュースでも、ちょっと、ごめん、結構コメディードラマの感覚で見ちゃうわ。

被偷錢江西漢銀行報失捕獲賊人

張先生、犯人捕まえて良かったね。

でも、まさか自分の目の前に現れるとは思ってないだろうし。

中国も広いだろうに、こんな事もあるのですね。

PM2.5で隠れがちな中国のお天道様だってキチンと見ています。

悪い事はしてはいけません。




さてさて。

何の番組だろう、you tubeにアップされていたこの動画。

雨傘革命:香港と中国本土の教育相違点(通識教育)

興味深く見た。

番組全体も見ていないし、前後どのようにまとめられたか分からないので

純粋に上記リンク動画を見て思ったこと。

(字幕内容についてはここでは全く触れません。)

2:25秒以降に登場の何さん。

ナレーターの方は何(か)さんと紹介。

何さんご本人、中国語でインタビュアーと会話してるね。

自分は中国語について深い知識は無いので北京語か上海語かは分かりませんが

広東語ではない。演説自体は広東語で行っているので広東語は話せないってことではなさそう。

その後に登場の通識担当のお若い黄先生。こちらも非広東語での応答。

5:20秒以降に登場の李君は最終パートの加油!以外はほぼ広東語対応。

一方日本語ナレーターは非広東語読みで李君の名前を紹介。

日本には日本の読み方規定のようなものがあるのかもしれないけど

自分の名前は1つだと、自分は思う。




前にもちょっと触れたように会話相手によって

広東語でも北京語でも英語でも、器用に対応する香港ヤン。

この番組作製時にも何かしらの理由があり非広東語で対応となったと思うし

それがいいとか悪いとかではなくね、

中国に飲まれるのが嫌だといいながら、あんた自分が北京語ヤン!とか

そういう事を指摘したいわけでもなく、

自分が思うのは、今デモの中心となっている学生さん世代というのは

物心ついた時から香港には北京語があったんだろうなって事。

そして、香港デモを世界中に伝えようとしているメディアも

デモに参加している学生さんの名前を非広東語で紹介しているって事。

広東語でのマンパワーが不足している時には、

好むと好まざるとに関わらず英語も北京語も使う必要があるという事。

それが、香港が直面している現実なんだって事。





思うにデモ活動中の学生さんたちが、自分なりに「香港」という

事を考え始めた頃っていうのは1999年とか2000年以降くらじゃないかしら。

その頃の香港ってもちろん中国への返還後だったんだけど

アジア通貨危機とか鳥インフルエンザとか

SARSとか豚インフルとか本当に、本当に皆が一丸となって

目の前に乗り越えなければならない問題が一杯あって

正直、中国の政治云々とか気にしている時間って無かった気がする。

それでも本当に香港はどんな時も乗り越えてきて、

中でも世界中の誰もが経験した事のないSARSを乗り越えて

香港中、チリ1つ無い、本当に綺麗な香港となって

香港中がまさに1つにまとまった時代。

今の学生さんにとっては子供心に「世界に誇れる香港」を

感じる部分があったんじゃないかな。

自分自身の人生の中の香港生活がそういう時代背景しかない学生さんや

1999年以降から香港社会人生活を始めた非香港ヤンの

方々にとっては、今の香港は受け入れがたい形に映るのは

自分は「わからんではない」かな。





一方、1997年の返還前から香港の実社会で社会人している自分らは

返還直後から中国や中国語の干渉っていうのは少なからず感じていた。

自分らってのはイカンな、他の人は感じていたか分からないけど

自分は感じていたな。

返還前は北京語なんて自分の周囲にはまだあまりなく

広東語と英語でヒーヒー、ヒィーヒィーしながら毎日の生活の為に

働いてきて、そのうち英国から中国に返還されて、いつの間にか

英語併記の無い文書なんかも増えてきて

日常生活でもその変化ってチョコチョコ感じてた。

「変わったのは極々最近ジャンっ」って声も時々聞くけど

観光ベースではもちろん変化は見られなかったけど

仕事している人でこの17年、何も中国を感じてこなかったって方は

国際ビジネスに触れていない業種か、日本香港間のみの2国間で

業務が遂行できるタイプの業種とか、そういう方々じゃないかな。

か、逆に生活全てを英語のみで完了できる方とか?


 

だから、その、なんていうんだろう、返還前から香港で社会人やってる人は

香港人も非香港人も含めて

「きたよ、きたよ、50年って言っときながら

じわじわ、じわじわ来てるよねっ

だったら、それならそれで、こっちだって

従順なふりして中国マネー引っ張り出してやる!

黒い金も、白い金も、金は金よっ!!」

と、歯を食いしばってしたたかに仕事してきた人も多いだろうし、

実際、その中国とのビジネスから生まれたお金でその学生さんたちを

育ててきたという人々だって多いだろうし、ただね、

社会経験の少ない学生さんにその部分をわかれっ!と言っても

なかなか、それも難しいのでありましょう。




今の学生さんや2000年以降に香港に移り住んだ方にとっては

まさにこの3,4年の変化ってのが衝撃的に感じるって部分

そうとうあると思うのよ。


冒頭の世論調査の結果の70%以上の方々も含め

皆の思いは「香港に幸あれ!」という同じ思いだと思うのだけど

返還前の香港で就業経験のある人と、返還後の香港のみで就業経験のある人、

全く仕事をしたことが無い人、人それぞれだし

思い描く「民主の形」ってのは、きっとそれぞれ違いがあって

その感覚の差ってのはね、なかなか埋める事って難しいよね。

だから「民主」というビッグワードで括っちゃうと

中々、解決しないよね、きっと。




「生きてきた時代背景による考え方の差」って

日本だって同じような問題抱えていると思うわ。

お立ち台の上で扇子持ってオヘソだして朝まで踊りまくってた

我々40代、50代の人がさ、今の20代、30代の人々に向かって、

「今は辛くても、またいつか明るい時が来る!」

「がんばって、死ぬ気になって働けばきっと良い世の中になる!」

「またお立ち台の上で腹出して踊ろうぞ!今が頑張り時だっ!」

と、いくら叫んだところで、

生まれてから一度も「バブル」とか「好景気」とか接した事がない

人たちに何を目指して頑張れって言うのよねぇ~。

まずは、自分らがお立ち台に上ってへそ出して踊ってやってみせてやるくらいの事しないと、伝わらないだろうにね。



香港デモ、どう収束に向かうのか。

もう暫く、見守りましょう。



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