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ごくごく普通の香港の生活。食、旅、仕事、語学と日本、時には経済的自由を考える。他人に厳しく自分に甘くが基本姿勢の毒舌日記、乱暴な言葉もでてきますゆえ自己判断にてご覧くださいませ。

千葉の被害と動き

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これまでなかなか分からなかった故郷、千葉の被害状況や動きなどが少しづつ分かってきたので、順不同ではありますが、少し自身への記録として残しておこうと思います。


(以下、毎日新聞より)

<東日本大震災>千葉・旭市津波 最大波は2時間半後か

毎日新聞 3月23日(水)2時30分配信

 11日の東日本大震災で千葉県旭市沿岸を襲った津波では、地震から約2時間半後の波が最大だった可能性があることが、銚子地方気象台の記録や住民の証言から分かった。これより前に津波は2度押し寄せ、2度目はそれほど大きくなく、住民が安心して家の様子を見に戻るなどして被害が拡大したとみられる。専門家も2時間半後の最大波に注目しており、津波の警報や注意報の発令中は絶対に海に近付かない--という防災意識の徹底が求められる。【武田良敬】

 県内で最も津波被害が深刻だった九十九里浜東端の旭市飯岡地区から匝瑳市境にかけての沿岸部では、防波堤から約80メートル内陸の市街地に2メートル以上の津波が押し寄せたとみられ、死者12人、行方不明者3人を出した。

 11日の地震は午後2時46分に発生した。銚子漁港に気象台が設置する潮位計のデータによると、同沿岸部では30分近く経過した午後3時10分ごろから潮位が急上昇し、同40分ごろ高さ2メートル超を記録。その後潮位はいったん下がったものの、再び上昇し、午後4時10分ごろ高さ1メートル超を記録した。最初に比べ高さは半分以下だった。

 ところが、午後5時をすぎて潮位は三たび急激に上昇し、同22分に最大の高さ2メートル40センチを記録した。地震から2時間36分後だった。この時刻前後に大きな津波が旭市を襲ったとみられる。その後潮位の振幅は徐々に小さくなるが、12日午前中までは高さ1メートルを超える津波が繰り返し押し寄せたことがうかがえる。

 住民らの証言を総合すると、2度目のやや小さな津波から約1時間後、家や海の様子を見に戻り、午後5時20分すぎの波にのまれた人もいたという。この波は、いったん飯岡漁港を通り過ぎたあと、戻ってくるかのように襲ってきたとの証言もある。

 最大波は堤防を大きく越え、まちをのみ込んだとみられる。犠牲者を出した飯岡地区の旧農協周辺では、大きな時計が「5時26分」で止まっている。

 この時、家に戻っていた飯岡の40代の女性は「午後5時19分、知人から携帯電話にメールをもらい、返信を打とうとしたら家に『ドン』という衝撃があった。それまでに2回の大波が来て『大きかったね』と周囲で話していた。まさか一番大きいのが2時間以上も過ぎて来るとは」と恐怖の一瞬を振り返る。



(以下、NHKonline千葉のニュースより)火災鎮火 再開のめど立たず

今月11日の地震の直後に市原市のコスモ石油の千葉製油所で起きた大規模な火災は、発生から10日がたち、21日、ようやく鎮火しました。コスモ石油によりますと、半数以上の15基のガスタンクで落下や破損などの大きな被害が確認され、操業再開のめどは立ってないということです。
市原市五井南海岸にあるコスモ石油の千葉製油所では、今月11日、地震の揺れでガスタンクが支柱から落下して大規模な火災が発生しました。
この火災で、30代の男性が全身にやけどをして大けがをしたほか、5人が軽いけがをしました。
発生から10日がたち、21日にようやく鎮火しましたが、コスモ石油によりますと、26基あるガスタンクのうち15基で落下や破損などの大きな被害が確認されたということです。
また当時、市原市で記録された揺れは震度5弱で、製油所で測定された揺れの強さは安全基準の範囲内だったということで、コスモ石油では地震によって火災が起きた原因について詳しい調査を行うことにしています。
千葉製油所は、コスモ石油の国内最大の製油所ですが、火災の影響で1日に原油22万バレルを処理する施設が操業を停止しています。今後、地震の前にすでに生産していた重油などを順次、出荷することにしていますが、操業再開のめどは立っていないということです。

03月22日 09時22分



(以下、2011年3月22日  読売新聞より)

■下水道使用制限、ガス停止

 東日本巨大地震で液状化被害を受けた浦安市では、埋め立て地の中町、新町地区でライフラインの途絶が続き、震災発生11日の今も、断水と下水道使用制限、ガス供給停止の「三重苦」を抱える地域がある。市は、上下水道や道路などの被害額を約734億円と推計。高級住宅地として人気を集めてきた街は、波打つ道路、傾いた住宅と電柱、数え切れない地割れや陥没と、痛々しい姿をさらけ出している。(大須賀軒一)


■給水所に行列

 断水と下水道の使用制限があった高洲地区では連日、給水所に長蛇の列が作られた。同地区のマンション6階に住む児玉恭子さん(44)はポリタンクを手に、「給水所を往復するのは重労働。夜間に仮設トイレへ行くのも怖いし、寒い。毎日、水と食料の心配ばかり」とこぼした。

 東京湾埋め立てで市域を4倍に広げた市では、液状化被害は予測されていた。今回、被害範囲は想定より小さかったものの、市面積の4分の3に及んだ。市によると、21日現在、液状化により水道は約4000戸で断水、下水道は約1万1900世帯で使用を制限、ガス供給の停止は約5800件に上っている。

 下水道の復旧が特に難航している。市によると、損傷箇所には、余震によって新たに泥土や水が流れ込むため、いまだに被害の全容がつかめないという。すべての下水管をチェックした上での完全復旧には長期化が予想されている。


■各地に泥の山

 街中に積み上げられている泥土の山も、「重く、硬く、粘る。際限がない」(34歳男性)と頭の痛い問題。21日は雨となり、ボランティアらによる撤去活動は中止となった。入船地区の吉田朝子さん(53)は「水分を含むとヘドロ臭く、乾くと黄砂のように飛び、室内にも入り込む。マスクがないと生活できない」と顔をしかめた。

 市によると、市内の幹線道路上の泥土は21日までにほぼ撤去され、残っているのは住宅地の生活道路周辺だけとなった。しかし、各所の集積所で回収した後の処理はめどが立っていない。県廃棄物指導課によると、民間事業者にコンクリートやアスファルトの材料として引き取ってもらうか、廃棄物として最終処分場に引き渡すことが想定されているという。


■治安に不安も

 生活環境の悪化で、親類宅などに避難する住民が増え、留守中の空き巣対策など治安の維持も重要課題となってきた。市によると、21日現在では2件にとどまっているが、今後、帰宅した住民による発見で被害件数は増加するとみられている。市は24時間体制で防犯車両を巡回させ、ボランティアも拡声機やチラシ配布で注意を呼びかけている。

 今川地区の会社経営男性(58)は、14年前に9000万円で購入した約50坪の洋風住宅について、専門業者に被害調査を依頼することにした。「自慢じゃないが、千葉リーヒルズと言われた高級住宅街。それが今では廃虚の街並み。地価の暴落は避けられない」と肩を落としていた。

 この苦境に、被害の少なかった元町地区の住民もボランティア参加などで支援に乗り出し始めた。堀江地区の阿部勉さん(48)は言う。「新住民と旧漁師町という色分けをされるが、同じ浦安市民。一緒に乗り切れば一つになれる」(2011年3月22日  読売新聞)


(以下、MSN産経ニュースより)

避難者250人超 受け入れ態勢急ぐ 千葉

2011.3.17 21:05

 千葉県災害対策本部のまとめによると、17日午後1時現在で、県内に来た避難者は251人となり、その後も増え続けているという。同本部では、県内の各市町村に受け入れ施設の確保について調査を進めており、可能な自治体に対応を求めていくとしている。

 松戸、流山、柏市などですでに避難者の受け入れを開始。野田市は市営住宅2戸を開放、鎌ケ谷市もいわき市などの14人が市役所内の和室に避難した。館山市は23日以降、老人福祉センターで約40人の受け入れが可能と回答。成田市は18日から、避難場所として同市中台の運動施設「サウンドハウス・スポーツセンター」を開放する。約400人を受け入れる予定だが、事前に被ばくの有無を検査する必要があるとして、市では「施設に来る前に電話((電)0476・20・1883)で連絡してほしい」と話している。

 自治体とは別に、医療機関でも受け入れを進められ、鴨川市の亀田総合病院に17日、いわき市から人工透析患者45人が到着した。

 一方、我孫子市では、震災による断水などで避難した市民を市の施設で受け入れているため、「市外からの避難者の受け入れは今のところ困難」としている。



(以下、房日新聞より)

鴨川 老健施設がまるごと避難 いわきから入所者・職員約190人

東日本大震災で被害を受けた福島県いわき市小名浜の介護老人保健施設「小名浜ときわ苑」の入所者120人と、職員とその家族73人が21日、大型バス6台と施設のマイクロバスなどに分乗し、鴨川市の「かんぽの宿鴨川」に到着した。

大広間や中広間、会議室などにベッドを置き、現地の混乱が収まるまで「施設丸ごと」鴨川に避難、滞在するという。亀田メディカルグループが入所者の健康面をサポートする。

亀田総合病院によると、同日の移送中、衰弱していた高齢者のうち何人かの容体が悪化。同病院で手当てを受けたものの、22日朝までに90歳代の女性、80歳代の女性の2人が死亡した。

ときわ苑は事故が起きた福島第一原発から約50㌔。地震により建物の一部が損壊しているほか、断水や下水処理機器の故障に悩んでいた。放射能の風評被害で物資が届きにくくなり、「動くなら今」と移転を決断。亀田グループに鴨川での受け入れを要請した。

施設ごと避難することで、いわき市の介護保険から支払いを受け、これまで同様に入所者の介護を継続できる、職員の給与も確保できる――などの利点があるという。

ときわ苑の鯨岡栄一郎施設長(39)は鴨川到着後の21日夕、「受け入れてもらい、本当に感謝している。命からがらやってきた。福島の状況が落ち着き、1~2か月で戻ることができたらいいが」と話していた。

かんぼの宿鴨川によると、日本郵政として被災者支援の方針を打ち出していることもあり、亀田側からの打診に賛同した。まだ客室には余裕があり、ときわ苑受け入れ後も一般客向けの営業を続けるとしている。

移転に関しては鴨川市も協力の意向を表明し、事前に同市といわき市の間で行政間の対応を電話協議した。20日にはボランティア130人ほどが、かんぽの宿にベッドを運び入れるなどして準備。21日の到着時も市職員や社会福祉協議会の関係者らが駆けつけ、入所者のケアにあたった。

【写真説明】到着した施設入居者を搬送するボランティアら=鴨川

 3月22日20時00分 385



(以下、房日新聞より)

南房総市も救済本部 100人程度受け入れへ

南房総市は18日、東日本大震災による被災者救済のための救済本部を立ち上げた。市内の公共施設を拠点に段階的に100人程度を受け入れていく。

石井裕市長を本部長に、受け入れの条件を緩和し、100人程度を受け入れる。受け入れ施設は、三芳農村環境改善センターを予定。和室とホール、展示室などで計100人程度が利用できる。集団での避難にはバスの用意もあるという。

問い合わせは、南房総市被災者救済本部(0470―33―1052)へ。

 3月21日20時00分 425




(以下、Asahi.comより)

海獣たちを受け入れ 鴨川の水族館

2011年03月18日

 福島県の水族館から避難してきた海獣

東日本大震災で深刻な被害を受けた、福島県いわき市小名浜の水族館「アクアマリンふくしま」(安部義孝館長)からセイウチ、トド、ゴマフアザラシなどが17日、鴨川市の鴨川シーワールドに「避難」してきた。

 アクアマリンでは、津波の影響で機械装置が海水につかり動かなくなった。魚類はほとんど死んだが、生き残った海獣類や鳥類は他の動物園、水族館が引き取ることに。鴨川の飼育担当者らが大型トラックで16、17日にいわき市まで2往復、約6時間かけて鴨川まで運び込んだ。

 セイウチ2頭は、オス800キロ、メス500キロの巨体。トドが3頭もいて、大きな雄は500キロ近い。ゴマフアザラシもオスとメスの2頭。ユーラシアカワウソと海鳥のエトピリカ、ウミガラスなどは、上野動物園や葛西臨海水族園に引き取られた。

 荒井一利館長は「うちも飼育スペースに余裕があるわけではないが、緊急避難として受け入れた。今後のことはこれから考えます」と語り、無事に着いた海獣たちにホッとしていた。


(以下、サーチナより)

千葉県浦安市、ホテルが被災者支援に動く

サーチナ 3月22日(火)14時8分配信

 東日本大震災の影響で液状化などで被災する千葉県浦安市内のホテルは、浦安市の要請に応じて浦安市民を対象にした支援活動を活発化している。

 日頃、東京ディズニーランドや東京ディズニーシーの観光客で賑わう浦安市内は、地震の影響による液状化現象などを原因とした断水や停電などの被害を受けている。

 市の要請を受けて19日から支援活動を実施している東京ベイ舞浜ホテルでは「通常営業は停止し、浦安市民の支援を目的にする“特別支援営業”を実施しています。被災した浦安市民を対象に、通常営業時はお断りしている温浴施設の外来利用や客室の時間貸しを許可して温かいお風呂に入っていただいています。飲食では、食材の都合で数が限られてしまいますが、温かい食事の特別メニューを普段ご提供できない価格設定で用意しています。非常時なので“ホテルの贅沢感”を味わっていただくことは出来ませんが、ホテルだからこそできる支援活動に取り組んでいます。また、子どもたちの笑顔が少なくなっているという報告を浦安市から受け、宴会場を使ってホテルスタッフによる子ども向けのイベントを開催するなど、支援活動の次のステップにも取り組んでいます」と営業企画部の木村氏は話す。(編集担当:小林南々穂)